<団塊の世代>
『団塊の世代序論』・・・エッセイに序論はないか?2007.5.26
日テレ系番組に「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」というのがある。
爆笑問題の太田光が扮する総理大臣に、各界の著名人が議員として、臨時国会を開催するという設定のトークバトル番組である。
昨日の番組中に「どうなる団塊の世代」というコーナーがあり、都知事選に出馬した浅野史郎氏が世代を代表し、太田光と議論を交わしていた。
始めはながらで聞いていたが、団塊の世代をうざったいとか、こんな社会にした責任がどうとか、聞き捨てならない発言に、何故団塊の世代が攻撃対象になるのか全く理解できず腹立たしさを覚え、本気で見入ってしまった。
そもそも「団塊の世代」と、一派一絡げに扱われること自体気に入らない私なのだ。
名付け親の堺屋太一さんを恨むつもりはないが、その言葉だけが一人歩きし、なぜかここに来て「団塊の世代」を邪魔者やお荷物のように言われる風潮が感じられ、不愉快極まりない。
ましてや、一介のお笑いタレントが、こめかみに青筋立てて非難する様な話ではないし、そんな云われもない。
『団塊の世代とは』
昭和20年の終戦で、戦地に赴いていた私たちの父親達が復員したことにより、自ずと出生人口がこの時期に集中した。これが第一次ベビーブームという現象だ。その背景には、戦前の「産めよ増やせよ」政策もあっただろうし、数百万人という戦争犠牲者を出した悲しみを乗り越える原動力となることに願いが込められていたのかも知れない。
この戦後のベビーブームで生まれた世代(昭和21年から24年頃)を堺屋氏が、鉱物学の一塊の単位になぞらえて「団塊の世代」と命名したのはもう既に30年前のことだ。
堺屋氏は、この世代が日本の将来に大きな影響をもたらすであろうことを予見し、団塊世代が30、40、50代になって行く様を、その世代の主人公を通して小説仕立てで未来予測をしている。
その予測が恐ろしいほど的中していることには敬意を表する。
それに比べ、今になって慌てふためいている政府役人(特に厚生省、社会保険庁)に強い反省を促したい。
『団塊の世代の生い立ち』
私達が物心付いた頃には戦後ムードも消え去り、まだまだ物質的には豊かとはいえなかったものの、食べることに不自由することもなく、それなりに平和と自由を享受できる時代だった。
又、戦中の思想教育から解放された戦後民主主義の新制教育を受け、多大に欧米文化の影響も受けながら、小、中学校を過ごした。
高校時代には東京オリンピックが開催できるまでに日本経済は成長を成し遂げ、この頃から大量消費時代に突入していく。正に「オールディーズ 三丁目の夕日」そのものだ。
このような激動の時代を飄々とくぐり抜け、自由奔放に育った世代である。
そんな自由奔放さと有り余るエネルギーの暴走が、学生運動に走らせたのかわからないが、学生運動も盛んだった。というより、我々の前世代から安保闘争(労働者、一般市民も参加)に代表されるように、学生運動は始まっていたのだから、むしろそれに終止符を打った世代と言えなくもない。
究極は連合赤軍の「あさま山荘事件」や「日航よど号ハイジャック事件」など歴史的事件に発展し、禍根を残したのはまぎれもなく団塊の世代である。
それでも、学生運動に血道を上げたのはほんの一部の人間であることも付け加えたい。
というのは昭和30年代から40年代前半の大学進学率は推測するに全国平均で2割にも満たなかったと思う。まだ中卒者が金の卵ともてはやされた時代でもあり、残り8割の人達は就職しており、政治活動に関心を持つ余裕などなかったはずだ。
堺屋氏は著書の中で“1960年代の「若者の反乱」は、戦争直後に生まれた人口の膨らみが通り過ぎる風であった”などと旨い表現をしている。
『団塊の世代の逆境』
昨今、年金問題が大きな社会問題となっている。
団塊の世代が働き盛りの時に支払った税金、社会保険、年金で日本は豊かさを増し、福祉面の充実(グリーンピアがたくさん出来た)にも大きく貢献したはずなのに、その資金が社会保険庁の杜撰な管理で雲散霧消、消えてしまったことなど我々の知るところではない。そのために年金支給開始時期が先送りされ、減額されることなど到底納得できるものではない。
又、団塊の世代が高齢化し、徐々に負担が増えてくるに従って、お荷物扱いされるようになってしまったのは心外だ。
始めから解りきっているその事態に目を瞑っておいて、目前に迫ってにわかに慌て始めているだけのことで、政府・役人の怠慢と言わざるを得ない。
高齢化社会や団塊の世代の大量退職など、堺屋氏は30年前に予測していたことだ。
にも関わらずこんなことで疎まれるとしたら非常に心外であり、監督官庁や政治家を恨みたい。
そして、この世代から伝統的な年功序列も壊れ始め、バブル崩壊と重なり、50代に差し掛かる頃から冷遇されるようになってきた。
日本の経済成長期に完全に収まり、定年まで年功序列の恩恵を受け、年金も60歳で満額受給出来たのは、団塊世代の少し前、戦中、戦前世代であり、その世代こそ恵まれた世代と言いたい。(戦中の苦労はあっただろうが)
この様な団塊の世代が及ぼす事態の予測と対応の甘さを顧みず、政府や社会は、常に未曾有の難局と言う免罪符の元に、この世代は辛酸をなめさせられ、厳しい局面を幾度も乗り越えてきた。
『団塊の世代の影響ってな〜に』
団塊の世代が社会に及ぼす影響って具体的に何があるか考えてみる。
企業においては、この世代がここ数年で定年退職をする。その退職金支払いの負担、人材の大量流出による技術力の低下等が一般的に挙げられている。
が、そもそも退職金はまともな企業であれば退職準備金と言うものをプールしているので、問題にはならないはず。中にはそれに手をつけてしまった企業もあるかも知れないが。
技術力の低下は、後継者が育つまで2,3年、顧問や嘱託として残って貰えばお互いハッピーで済む。
銀行、証券、保険会社などの金融機関は、その退職金を当て込んだ金融商品の捻出に躍起になっている。これは景気の回復にとって刺激剤となる好影響と言えないだろうか。
『団塊の世代は個性集団』
「団塊の世代」と一括りに言われると、みんな同じ考えの人種と思われがちだが、むしろこの世代はかなり個性派集団だったと思う。
以下にその一例を紹介する。
この世代がハイテーンになると、グループサウンズが爆発的なブームを巻き起こし、方や学生達はフォークグループのブームを作り上げ、これまで輸入ものが主流のポップス界に、和製ポップスが席巻した。そこから生み出された多くの曲が多くの日本人共有の記憶として残っている。
吉田拓郎、井上陽水、松山千春、さだまさし、かぐや姫など数え上げたらきりがない。
野球界では江夏豊、堀内恒夫達が高卒ルーキーで大活躍。大人から見れば小憎らしく生意気な口を利く堀内達を見て、新人類と呼んだ。(新人類はもっと後世代かな)
このように自ら新しい分野を切り開き、活躍してきたことからも、紛れもなく個性的世代だったと言える。
偏差値教育もまだ始まっておらず、決して一括りで片付けられるような画一的な世代ではない。
『まとめ』
話がとりとめなくなったが、今日の日本は必ずしも国民が満足できる国ではなくってしまった。経済大国の基盤も崩れ今や借金大国だ。政治家や官僚、医者や教員、裁判官、弁護士、警察官など、かつて先生と崇められた聖職も今や信頼を失い、一般国民のモラルの低下も極まれり、どれを取っても正常とは言い難い状況になっている。
この様に腐れきった社会に誰がした。と問いたいが、この責任まで「団塊の世代」に押し付ける、そんなきらいすらあり、筋違いも甚だしい。
そもそも戦後60数年の歴史が特定の世代によって作られてきたわけがない。
現代社会の歪みは、安部総理の言う、「戦後レジュームからの脱却」つまり戦後のGHQ支配の復興に遡る話かも知れない。
かつてハイティーンと呼ばれ、40代に突入するとニューフォーティーなどといわれたこの世代は、時代のリーダーとして数数の流行と需要を作り上げてきた。
今後も、このパワーを引きずって、年老いていくのだろうか。
(このフレーズは堺谷さんのコピーだったかな?)
こう書いてみると「団塊の世代」って大きな影響力と話題性を持ち合わせた魅力的世代といえそうだ。
既に人生の終盤に突入したが、がんばれ団塊の世代!とエールを送りたい。
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- 弾 塊人
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